自分が母になった今、ようやく理解できるようになった母の想い

「あなたも親になったらわかるよ」
そんなことを私の母はよく言っていました。

そう言われてたその時は、母には申し訳ないですが、話半分で右から左へ華麗にスルーしてました。
だって、母の口からこのセリフが出る時っていうのは、だいたいがちょっと鬱陶しいことを言ってる時なんだよね。言われてる側はめんどくさいだけなんだわさ。

だから、親になったらわかるなんて言われても、ハイハイわかったわかったでおしまい。
自分のお腹を痛めて産んだ子だから大事なんだよーってことでしょ、って聞きかじった知識で生意気にわかった気になっていたんですね。
お腹を痛めて産むってのがどういうことなのかもわかってないくせに。

自分のお腹を痛めて産んだからってのもあながち間違いではないんですけどね、自分が実際に子供を産んで「母親」になった今、母が言った「親になったらわかるよ」という言葉を思い起こしてみると、その裏にとてもとても深い思いがあることがわかるようになったんです。

当時の私はなーんもわかっちゃいませんでした。

子育ての話

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私の母は若干過干渉ぎみで、思春期で難しい時期の私のセンシティブな場所にもスパイクで踏み込んでくるような人でした。

決してダメ親とかじゃないんですよ。私なんか足元にも及ばないくらいの尊敬できる立派な母親なんですけど、子供をそっと見守るってことができない人ではありましたね。

そのせいで女同士で怒鳴り合いのケンカをすることも多かったですし、思春期の私は母のそんなところが大嫌いでした。

子離れできないってほどではないんですが、側にいるとどうしても気になっちゃうんだと思うんです。
どんなことを考えて、どんなことに悩み、どんなことと対峙しているのか。

放っておいて欲しい事に限ってうるさく突っ込んでくるんですよね。
子供としては鬱陶しいばっかりです。

当時は娘が嫌がることばっかりする母の気持ちなんて全然わからなかったしわかりたくもなかったけど、今になってみると、不思議なもんでそんな母の気持ちが痛いくらいにわかっちゃうんですよ。
わかりすぎて、逆につらいくらい。

いろいろひどいこと言ってごめんなさいって、結婚式の時の両親への手紙を読んだ時より泣けてきます。

母親の気持ちって、結局のところ母親にならないとわからないもんですね。

10代の私には何にもわかってませんでしたが、そんなに遡らなくても、去年までよくわかってませんでしたよ。

私ももういい大人ですからね、妊娠出産育児っていうのがどういうものなのか、どれほど大変なのかっていうことは知識としては知っておりました。

ですが、知ってるのと体験してるのって全然違うもんですね。
妊娠も出産も育児も、私が知ってるつもりになってたイメージを遥かに上回る、なんかものすごいものでした。

およそ10ヶ月もの間お腹の中で赤ちゃんを育てるってだけでも超常現象並に驚くべきことなはずなんですが、妊婦さんってとくにめずらしいものじゃないんで、よくあることって軽んじてるところが自分にもあったのは否めません。

でもね、自分の体の一部として、小さな命を育むってすごいことでした。

ここに小さな小さな人間がいるって、考えても想像してもうまくイメージできず、妊婦検診のエコーを見てもまだピンと来なかったくらい。
正直、産むまでリアリティなかったです。

出産だって、「お腹を痛めて産んだ子だからってことでしょー」って一言で片付けて欲しくないです。
命懸けで産むんです。

今まで生きてきた中で一番痛かったし、がんばったし、もうダメだって思ったけど、死ぬんじゃないかって思ったけど、赤ちゃんが出たいって言ってるんだからがんばるんだ!って、何時間も火事場の糞力を出し続けてようやく産んだんです。

出産って凄まじいことでした。

こんなに大変なことは二度とゴメンだけど、あんなに幸せな瞬間はもう一度味わってもいいな。

そして出産したその日から自動的に育児がスタートするわけだけど、これがまた息も切らせぬ程のノンストップムービー並に全力疾走な毎日。

誰だよ、赤ちゃんは寝てばっかりだって言ったヤツ!
なんて悪態も飛び出るくらい、赤ちゃんってヤツは奇想天外で、二人として同じ子はいない個性の塊でした。

人生で一番寝てない期間は、まさに今です。
人間って寝ないでも案外がんばれるんだなって新しい発見もしました。

息子は生後6ヶ月になってずいぶんしっかりしてきましたが、言ってもまだ0歳児。
自分のことすらまだ9割9分9厘まともにできません。

手のかかる今の時期は、自分の時間も体力も何もかもをかけてお世話しております。
自分のやりたいことは後回し。時として生理的欲求すら後回しにしながら、息子のやりたいことが最優先。

出産後、へその緒は切れて二つの体に分かれたはずなのに、自分と息子の境目なんてないんじゃないかって錯覚に陥る時があるくらいです。

自分の体の中で小さな命を大切に大切に守りながら、言葉のとおり自分の身を削って一心同体で過ごす妊娠期間。
そして出産時には命をかけ、産んだあとは自分の持てる全てで赤ちゃんのお世話をするのが育児。

母親にとって子供って、「自分」みたいなもんなんですよね。

いや、別の人間だってわかってるんですよ。
だけど、子供のことになると自分のことみたいに必死になれるんです。

そしてそう考えると、子供の自立を受け入れられず執着ばかりが強く残り、いつまでも子離れできない母親の気持ちっていうのも、またなんとなく理解できるなって思うんですよね。

子供側からしたら迷惑なだけですけどね。

私の子はまだまだ私の手の中にいてくれるんですけど、これが大きくなっていろいろし出すと心配が尽きないだろうなって、かなりリアルに想像できちゃいます。

まさに「親になったらわかるよ」と言ったあの時の母の気持ちも、手に取るようにわかりますね。

どれほどの思いで私のことを考えていてくれたんだろうかと、その思いの深さも、母親が私を育てるためにしてきたことを思うと納得せざるを得ないですよ。

母が子を想う気持ちが必死なのって、ただ小さい時から育ててきたからとか、毎日一緒にいるからとか、生活を共にしているからとかそんな簡単なものじゃないんですね。

親子って、この立場に立つか親の立場に立つかによって、ほんと見えるものが変わるもんなんだなー。

まぁこの理論で言うと、母にならないと母の気持ちがわからないってことになって、息子にはわかってもらえるもんじゃないってことになるんで・・・あまり考えないようにしようと思います(-_-;)

「親になったらわかるよ」

よく言う言葉ですが、これって深いなーと思いましたというお話でした。